2005年11月25日

たましいのお洗濯

「性格かわったもん」
「顔つき変わったって言ってたよ」
 
と、ここ3日のあいだにたてつづけに言われた。
どちらもわたしが前よりきつくなったという意見である。

仕方がなかったのだと

離れてみてちょっとだけ視界がひらけて、
我慢するのをやめたからだと

わたしが大切に使ってる部屋や道具が
ほったらかされ、いじめられてるのをみたからだと
 
約束は守ろうとするもんだという原則をいとも簡単に踏んずけられたせいだと
 
いくら反論したところでその観点は変わらないはずだ。
 
 
おととい、妹・みりに電話をかけた。
 
「わたしがおかしいの?」
 
どうしても言葉が通じないなと感じるひとが、わたしの周りにはふたりいて。

約束は守るもの。
嘘はつかないもの。
口にした言葉には責任をもつもの。
 
そのひとたちといると わたしが大事だと思って温めてきたものがみーんな、
どうでもいいものに分類され、ぞんざいに扱われてしまうようだった。

そしてわたしはわからなくなったのだ。
 
おかしいよ、そんなの。と
非難してるわたしが 実はおかしいんじゃないか?
 
どこで見極めればいいかわからない。
きっぱり引かれていたたはずの線がどこにも見えない。

みりは「おねえはおかしくないよ」と言い、わたしはほんのり安心した。
 

 
昨日は突然おまけで休みがとれて、余分に家にいられるようになったけど
うきうき時間は作り出せはしなかった。
 
夕方から夜にかけて、ぶっ通しでしらべものをしてたらおなかがすいて、
「ひとり出前ピザ」をした。ストロベリーコーンズの、アメリカンパック。
 
えびのペペロンチーノをたいらげたらば、おなかがいっぱいになって、
そのまま風呂にも入らずにふとんに転がった。
 
緑色の、ふかふかの毛布。
 

 
四万十川が、笹の葉の緑いろに色づくのを見にゆこうと思う。
 
はじめて四万十に行ったころは 何年も日常生活において全然泣けなかった。
ユースのお客さんにどうすれば泣けるんだろうと、聞いていたほどだ。
泣くのは気持ちがよさそうだったから。
 
でもべそかいたからって必ずすっきりするなんてことはないのだと
知ってしまったいまは、そんなん言ってた自分の頭をぱこーんと殴りたい。
 
四万十で、魂のつけ置き洗いをしてこよう。
がんこなよごれもきっと、
またたく間に洗い流されるはずだから。
 
posted by 杜美 at 13:20| 宮城 ☀| 忘れぬ、ように | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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