2005年07月10日

夕方の骨

image/sonohi-2005-07-10T18:57:10-2.jpg

さいきん
ペペロンチーノを
2,3日にいっぺんつくってる

でも あまりおいしくない
サイゼリヤでたべるほうが きっと まだおいしい

「MONSTER」のなかで、ニーナがバイト先のおやじに言われてた
パスタ にんにく 鷹のつめ 塩 こしょう
入ってるものすべての味がしなくちゃあだめなんだ、と
 
 
最近 あたらしい本をあまり読んでいない
自分の字で なにかを書いてもいない
穴ぐら生活は たいてい いつもそんなかんじなのだけど

昨日 村山由佳 著 「星々の舟」を読んだ
ブックオフで100円で買ったまま ずいぶんとほったらかしてた

とある家族のひとりひとりに焦点を合わせた作品で、直木賞受賞作だそうな

ふとんに腹ばいの姿勢でぱらぱら読みすすめているうちに、
自分の弱点をあぶりだされるような気分になった
 
嫌がるひとを押さえつけ、痛めつけること

そうしなければいい、そうしたくないとわかってても
手を止められず、逃れられず、屈してしまうこと

知らなければ 告げずにいれば 一時でも愉しめればそれでいいと思うこと
 
できれば見ないですませておきたいような描写、てんこもり
とくに後半 ああ、読むんじゃなかった… とすら本気で思ったもの
目にはみえない、でっかいガラスの破片が ぐっさり刺さったみたいでさ
 
このひとの作品、実家のとしょしつには何冊かある
「翼」とか「野生の風」とかさ きらいじゃないけど、すきでもない

いつも のどに魚の骨がひっかかったような感触が残るからだ

本もまんがも 映画でも 後味のわるい作品ってのは苦手
どうせなら おいしいものたべたあとにもらすような
すっきり満たされるような、そういうため息をもらしたいもんな

もちろん、例外だってある

そのひっかかり感そのものに、どうしようもなく惹きつけられて
ほかのものがみんな 薄っぺらく思えることもあるさ

骨がささってたはずが、ある日すぽっと抜けたらば
さあーっと風が吹いてあたらしい目で その世界をみることが叶ったりさ
 
創作物の良し悪しは 受け取り手の状態にいくらだって左右される
 
でもさ 「星々の舟」のさ
おしまいの何ページかを読んでた時に
読み進めながらぶすぶす刺さってたはずの 骨だのガラスの破片だのが
するりと あっけなく抜け落ちたような気がしたよ
 
  
雨もあがった今日 夕方の空もきれいに染まった

ベランダの椅子に座って洗濯ものをはずしながら むこうの空を見物した
やっぱり わたしは夕方時間がすきだ 心の底からだいすきだ

たかが電話口での言い合いに、へそを曲げてる場合ではないと 思った

ちょっとした言葉の小骨が わたしの記憶のなかに刺さってたって
それもいつか 忘れたころに あっさり抜け落ちるだろう
 
 
では、また
posted by 杜美 at 21:24| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、よむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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