2005年06月02日

春の完成を待って

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昨夜のまかない

おかみさんは「今日はなにもないから、なんかたべて帰ろうか?」と言った
でもわたしは白ごはんと、野菜のおかずがちょこっとあればそれでいい
いいや、そのほうがうれしいのだ どっかの店でごちそうになるより
 
「もりみちゃんは、安上がりだねえ」
 
おとうふと まぐろのマリネと 焼きたてほやほやの、ねぎのたまごやき

うひゃひゃひゃ 「ごちそうだー、ぜいたくだー」ともりもりいただいたら
そんな、大げさな と呆れかえられたわ

どうしたら この”うれしい”の大きさを うまく伝えられるんだろう 
  

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おととい、かよがお泊りにきてくれたんだけど 昨日の3時のおやつにさ

「ケーキ、たべたくない?」
と 自転車に乗って 長町モールまでひとっ走り
並々ならぬ情熱でなんとまあ コージーコーナーで5つも買ってきてくれた

かよと、ことらとわたしと3人で フォーク片手にぐるぐる回し食い
中華料理屋にあるあのぐるぐる回る台がほしかったくらい
 
 
ひとによって「ぜいたく」「ごちそう」の定義はちがうと思うけど
昨日のわたしは ほっくほく気分を堪能したさね
 
 
帰り道 地下鉄に乗りながら「春の完成」を読む

どこもかしこも擦り切れて 角がまるくなってしまったハードカバー
なんべん読んでも飽きやしねえ ありがたい本だ
鞄に入ってるだけでもほっとするんだ まるでお守りみたいに
 
「あなたの心は、汚い」
 
だれかにそういうふうに言われたときのことを 想像してみて
 
けして、すがすがしくていまにも踊りだしたくなるような小説ではない
実際 この本を貸した友人は「くるしくて読めなかった」と言った

主人公の桂子と その周囲のひとたちと その生活と

淡々としながらもつねに物事は動き、変化しつづけてゆく
大きな流れのなかでわたしたちは泳いだり 浮かんだり 溺れたりする
 
気持ちのよいときばかりじゃない
だけど しんどいことだって 延々と続きはしないのだ
 
わたしはくじけそうになると「春の完成」を読む

会いたいひとに いつ会えるかわからんときも へこたれそうになったときも
わたしは まるで暗示をかけるかのように 目で言葉を追った
 
そして知る 
この身をもって、知ったんだ
 
会いたいと思うひとがいるなら
願ったそのときから すこしずつ縮まるんだと

会えるはずがないなんて思っててもさ
どっかであきらめきれない 断ち切れやしない
ただただ 気持ちを注ぎつづけていると

いつかどっかで 思ってもみなかったところで 会っちゃうもんなんだと
 
でもな それでいて 迷わず、悩まずいるって
声を大にして言い切ることも 開き直って強がることもできずに
うじうじぐじぐじ もだえ苦しむ一方でさ

いま一緒にごはんやお茶っこのめるひとと
やっぱ会えてよかったよ びっくりしたけど、うれしかったよ
そういういまを迎えられて ああ、よかったなあと

断言することならできる
 
 
またあした
 
 
けいじばん
posted by 杜美 at 16:38| 宮城 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、よむ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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