2006年02月02日

うさぎさんが走ったら

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↑昨日は4人がかりで雪かきをしました
(ふく・みり・ひーちゃん・わたし)
 
音がたりなくて、全身が酸欠しそうである。
 
表現が大層おかしいのだけれどもしょうがない。この症状は月曜日から続いていて、肌がぐわぐわと暴れだしたいんだっつーの!と叫んでいるようだ。
 
ライブのあとはいつもこうだ。その場にいたことがうれしくて、その演奏がよきものであればそれだけ、しばらくのあいだはいてもたってもいられないのだった。まるで、雪やこんこのわんこみたいに。
 
BUMP OF CHICKEN「run rabbit run」tour幕張メッセ、がその原因。
 
出だしの「カルマ」「stage of the ground」で、まるごと持っていかれた。

この爆音を浴びるだけでもういい、ほかになんもいらないや。
めんこいうさぎのTシャツのSはきっとわたしには小さいからMにしてもらおうとか、はじまる瞬間までわたしは考えていたのだけれど。
もうそんなのいい。どうでもいい。この音さえあれば。
 
足もとから響くベースが、肌にぶちあたるギターが、骨に腹に入り込むドラムが。そしてあの声に、殴られてる気がした。

前回のライブから1年。それまでにわたしがしてきたことや、考えたことを、容赦なく責め立てられてるようだった。苦しくて、おなかを抱えて泣いた。音を浴びるのがうれしいけど、おなじくらい怖かった。身ぐるみ剥がされて、のた打ちまわるしかないのだった。
 
このひとたちなんなんだ。

バンプのライブにつれてってもらうたび、いつも悔しくてたまらない気持ちになる。
わたしのことなんも知らないくせに、なんでこんなに入り込んでくるんだ。隠しておきたいところまで、届けやがるんだ。おんなじ年に生まれたおにいちゃんたちに、なんでここまでしてやられるんだろう。
 
このままライブ終わるまで、ずっと泣きっぱなしなんてごめんだった。でも出るものは出るのだ。音が降ってきて身体に入り込み、わたしのなかのどろどろを引き連れて、目玉からなみだといっしょに流れ出る。このくりかえし。
 
四万十川流域には竹林が続いている。山のけものは神様の川に水を飲みに行くときに、その竹林を通って降りるんだって。竹は浄化の力があるから。けものにとって、それは禊であるのだと。
 
あの出だしの2曲は、わたしにとっての禊だったと思う。

おかげで次の曲からは、けろっとしてましたもの。すぐ前に立ってたにいちゃんの身体の動かし方(とくに手)がおかしいとか、そのまた向こうにいるおねえちゃんはリズム感がとてもいいとか、どうでもいいことに意識がとんでしまうくらいにな。
 
すべてが終わり観客が出口に向かいはじめてから、だれもいないステージにおじぎをした。藤くんがステージからいなくなるまえに、おじぎをしてたから。どうもありがとうを、返したかったんだ。とこちがそれを、見ていてくれてた。
 
ライブ前の待ちの時間、わたしはSINGER SONGER の「ロマンチックモード」を歌ってて。とこちが、「(なんでいま)あっちゃんなの?」と言うので、「東のあっちゃん、西のバンプなんだよね」とわたしは答えました。
 
そもそもそのむかし、わたしがCoccoのCDをいわきのふうちゃんに送ったお礼に、バンプのCDをお返しにもらったのがはじまりで。新曲出るたびとこちがMDを送ってくれて、ライブにつれてってくれるようになって。
 
あっちゃんが沖縄で「Heven'hsll」を歌うよと教えてくれたのも、今年に入ってすぐ、公式発表のまえに「2月にシングルが出るよ」と教えてくれたのもとこちで。
 
すきなものとの縁は、くるくると脈々と、みんなのまわりをつないでゆく。
 
2月22日に出るんでしょ、「音速パンチ」。
数年前のこの日に、あっちゃんの活動休止を知らせる葉書が届いたんだよなーと、まず思った。わたしはそれを実家の階段で読んだ。呆然として、部屋の床に座り込んだのだ。
いま、その部屋にはまんがだの本だのがところ狭しと放置されている。

そのなかからさっき持ってきた惣領冬実さんの「彼女がカフェにいる」をわたしは落っことし、水がなみなみと入ってたマグカップを倒した。3冊が犠牲になった。いまこたつで乾かしているところ。よれよれにならないと、いい。
 
つぎの派遣先がぼちぼち決まりかけてる。
音速パンチは、あたらしい場所で聴くことになりそうだ。

たのしみです。とっても。
 
 
posted by 杜美 at 19:09| 宮城 ☀| 歌、うたう・きく | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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