2006年02月02日

包まれるもの


先週末は東京にいた。
 
いつも東京に行くときは、いろんなひとに会う。メールも便利、電話もいい。でも直接会って話したいから。

だけど今回はそうしなかった。したくなかったのだ、どうしても。
 
仲居しごとが明けたあとすぐ四国に行って、東京から帰ったらつぎの仕事までのあいだはどうしてもばたばたする。

余韻にひたっていたかったんだ。思い出して、ふりかえって、奥歯で噛んで噛んで、甘いか苦いかきちんと確かめたかった。あらゆることをいっこずつ。
 
 
金曜日の夜から透子んちに3泊させてもらって、話し語りしたり、ごはんたべたり、歌をうたったり、ひとりでぶらぶらしたり、した。
 
土曜日。

図書館で「きらきらひかる」の続編(10年後のおはなし)を読んだ。
駅前のドコモショップのおねえさんと、「車をバックさせるときに、助手席のシートに手を回す不必要性」について熱く熱く語り合う。
あんず村で「どんスパ・コンソメ味」とブルーベリーのビスケットケーキをいただきながら、葉書と手紙を書いた。
夜中には、高松の割烹でいただいたお豆腐茶漬けをまねしてみた。とこちをおんなじどんぶりで、ずずーっと。

日曜日。

朝、とこちのとなりで目が覚める。
四万十さっちゃんからのメールを読んで、すぐさま電話する。

看護士の資格持ってるくせにさっちゃんは病院嫌いなので、痛かろうがしんどかろうがお医者さんに行きやしねえ。しつこくしつこく病院行ってよと言いまくって、わたしはユースをあとにしたのだけれど、その後診察の結果があまり思わしくないという。

ひと通り話を聞いてから、「さっちゃん、だいじょうぶ?」ではなく、「としおさん、だいじょうぶ?」と尋ねてしまう。きっと、さっちゃん本人よりもとしおさんのほうがまいってるんじゃないかと思って。

案の上、ふたりで寿司をたべに行った話をきいて、げらげら笑う。読みが当たったのを、さっちゃんにほめられる。

電話を切ったあと、白いふとんにくるまるとこちの上に、でろーんとのしかかる。

夜からは、幕張であるライブに行くことになってる。
さっちゃんの話をきいたあとでも、たのしみの純度に変化はない。

わたし、薄情なのかなあ。と言ったらば、とこちはなんて答えてくれたんだっけ?

 
そのひ帳のなかでなんべんも書いてきたことだけど、わたしは毎日思ってる。
いつ死んでもいいようにだけ、できることはやっとこう。
したいことはしておこう。人のせいにするのはやめよう。
 
3年前四万十にいたころ、わたしは会いたいけど会いにいけないひとがいた。

あるときさっちゃんに「ひとつのことをきちんと完了しないと、つぎのことがはじめられないんだよ」と言われたんだ。ずーっとその言葉が内側に残っていて、宮城に帰って半年たってから、そのひとにようやく会えた。

たら、れば、のはなしはすきじゃないけど、四万十に行かなかったら、まず会うことはなかったと思う。呪いのようなせりふを投げつけたまんま、一生会わずにほったらかしてただろう。
 
生も死も、喜怒哀楽も、巡りめぐっている。
神様の川のほとりで得た知恵は、こうしていまもわたしを包み、支えてる。
 
 
すりごまスパをたんまりたべてから、電車に乗ってライブに行った。
夜も、ぐうぐう眠りながら電車に揺られて、とこちんちまで帰ってきた。
 
 
そんな週末だった。
 
 
posted by 杜美 at 10:40| 宮城 ☀| おでかけ、する | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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